2026 年 7 月
まこ 産休の手当入りました 待ちに待った産休手当(出産手当金)が、ついに口座に振り込まれました! 画面を開いてびっくり、金額はなんと 785,571円。育児でバタバタする毎日のなかで、こうしてまとまったお給料のようなお金が入ってくると、ものすごく安心するし、心から嬉しいです。 せっかくなので、今回の正確な出産データから、産休前のリアルな給与を逆算してみました。 私は39週2日で出産したので、予定日(40週0日)よりも5日早いお産でした。 そのため、一般的な98日間の休業ではなく、実際の支給日数は「93日間」になります。(内訳:産前が予定日より5日短くなって37日間 + 産後56日間 = 合計93日間) ここからわかる計算の根拠は以下の通りです。 まず、1日あたりの手当額を計算します。 785,571円 ÷ 93日 = 1日あたり約8,447円 この手当金は、普段の給与(日額)の3分の2にあたる金額なので、割り戻して元の1日あたりの給与を求めます。 8,447円 ÷ 3分の2 = 1日あたり約12,671円 これを1ヶ月(30日分)に換算すると、普段の月給がわかります。 12,671円 × 30日 = 約380,115円 つまり、産休に入る前の私の「標準報酬月額(基本給に加えて、残業代や交通費などもすべてひっくるめた額面の総支給額)」は、平均して約38万円だったということが分かりました! こうして具体的な数字で見ると、産休前まで毎日一生懸命働いていたんだなあと、当時の自分が愛おしくもあり、誇らしい気持ちになります。大きなお腹を抱えながら通勤して、本当によく頑張ったなぁ、私。 この手当金は、これからの赤ちゃんとの生活や、家族のために大切に使おうと思います。まずは無事に振り込まれて一安心。
まこ ユニースリープの「正しい横向きの入れ方」をついにマスターした 🐰 先日、政策メンバーのみんなでご飯に行ってきた時のこと。 メンバー内で唯一の先輩ママである「りーな」と育児トークで盛り上がっていたところ、ふとユニースリープの話題になりました。 ユニースリープに横向きに入れようとすると、そのモゾモゾとした動きで千景がパチッと目を覚ましてしまって、全然うまくいかなくて……。結局いつも諦めて、仰向けに寝かせてんねん。と話すと... 「最初は下側のボタンを外した状態にしておくんやで!そこに横向きで寝かせて、クッションを体にしっかり沿わせてから、最後にボタンをポチッと止めればうまくいくで!」 えっ……!? そういう順番やったんか! さっそくその晩。りーなに教えてもらった通り、「下ボタン外し→横向きセット→クッション沿わせ→最後にボタン」の最強手順を試してみました。 すると、我が家に奇跡が起きたのです。 いままで体内時計で測ったかのように「きっちり3時間」で起きていた千景が、なんと4〜5時間ぶっ通しで寝るように! 朝方5時になるとお目覚めモードに入り、そこからなかなか寝てくれなかった千景が、まさかの7時までぐっすり! 朝、明るくなった部屋で時計を見た瞬間、私自身が一番びっくりしました。 「えっ、めっちゃ寝るやん……!」 感動と同時に、スヤスヤ眠る我が子を見つめながら猛烈な申し訳なさが込み上げてきます。 千景たん……ママ、使い方は知ってたのに、やり方が下手っぴなだけやったわ。 せっかくの快眠アイテムやのに、今までスムーズに入れてあげられなくてごめんやで… でも、これでついに正しい「横向き入眠テクニック」を完全マスター!睡眠時間がグッと延びて、千景も私も大助かりです。りーな、最高の情報をありがとう! 今日も完璧にセットされたユニースリープで、ゆっくり、たっぷり寝ておくれ、千景たん。
りょうや エチオピアから見る千景まこ 7月に入った頃。横浜で使うためのチャイルドシートを探していた。少しでも費用を抑えられたらと、フリマアプリの「メルカリ」で希望の品を見つけて購入ボタンを押した。 それが、こんなにも心温まる出会いへ繋がるなんて、想像もしていなかった。 購入後のメッセージで「最近、息子が生まれたので、ありがたく活用させていただきます」と何気なく伝えると、出品者のせれなさんから、思いがけないほど温かい返信が届いた。 「出産、誠におめでとうございます。私、子供を2人育てている身なので、お互いがんばりましょう」。 まだ首も座らない小さな命と向き合う日々。寝不足と疲労で無意識のうちに張り詰めていた心に、見ず知らずの「先輩ママ」からの言葉がじんわりと染み込んでいく。 商品が大きくいつもの無人発送機に入らなかったため、お父様が営業所まで持ち込んで発送してくださったという。さらにメッセージには、「また気持ち程度のおまけを入れさせてもらってます!何も言わずにお受け取りください!」と控えめに添えられていた。 数日後、汚れがつかないようにと、たっぷりのプチプチで丁寧に過剰梱包されたチャイルドシートが遼也の実家に届いた。 遼也ママが開封し、送ってくれた写真、そっと忍ばせられていた「おまけ」を手にして、私は思わず息を呑んだ。 封筒の中に入っていたのは、千円札。そこには『ミルク代に』という、彼女からの優しすぎるお心付けが込められていたのだ。 「ミルクのお心付けまでいただき本当にありがとうございます😭新生児育児で少し疲れていたところ、とっても感動し、また元気に頑張れそうです」。 込み上げるものを抑えない風で、そう返信すると、せれなさんは、新米ママの孤独に寄り添うようにこう言葉を紡いでくれた。 「新生児の時は寝不足や精神的にも来ますよね、、、すっごくわかります。」 「本当に辛い時とかは実家に預けて一日寝たりとか息抜きとかしたり、ミルクで済むなら夜中の対応を旦那と交代でやってました!」 「とにかく周りを頼りまくっちゃえばなんとかなります!笑」 「同じ子供を育てる親としてなくも様を心より応援致します」 画面の向こうにいるのは、同じように夜泣きに耐え、痛みや苦労を乗り越えてきたひとりの母親。彼女が送ってくれたのは、ただのチャイルドシートと千円札ではなく、命を育む同志への無償のエールだった。 この一連のやりとりを見せると、私の母である「さちゅ」も心を打たれ、思わずポロリと温かい涙をこぼした。 顔も本名も知らない、ネット上での一度きりの取引。けれど、あのチャイルドシートには、先輩ママから託された目に見えない愛情と励ましがたっぷりと詰まっている。これからあのシートに千景を乗せるたび、私はきっと、この日の画面越しの温もりを思い出すのだ。 ※なお2000円の割引依頼は断られています
まこ 初めてのベビーカー電車&梅田ランチ!人の温かさに触れた1日 今日は千景にとって、初めてのベビーカーでのお電車デビュー! 高槻駅から大阪駅までの16分間、最初はパッチリ起きてたんです。10分くらい経ったところでちょっとぐずり出したから、一旦抱っこしてあやして。落ち着いてからまたベビーカーに置いたら、そこから大阪駅までは静かに乗っててくれました。えらい! でも、大阪駅に着いてからがちょっと大変やった💦 ランチ場所グリーングラン大阪まで向かったんやけど、実は改札から直通の道があったらしいのに、それを全然知らんくてめっちゃ遠回りしてしまって。 遠回りの最中、ベビーカーの揺れが心地よかったのか千景はスヤスヤ寝てくれたんやけど、外に出たら暑かったみたいでパチッと起きてぐずり始めちゃった。もう、私もあっせだく! お店に着いてからもぐずるから、焦ってあやしてたらさらに汗だくに💦もうあかん!と思って、りさこ来てからそのまま席で授乳。言うなれば、強制的に千景の口を塞ぐスタイル(笑)。 私があまりにも汗だくやったから、きっと今日のミルクは「汗だくまこちゃびんのしょっぱい味」やったと思う……。千景、ほんまにごめんよ。 なんとか授乳は終わったものの、千景くんはすぐには寝てくれず、相変わらずぐずぐず。今日のランチはサラダバーを頼んだのに、これじゃ取りに行けへんやん、どうしよかなーって途方に暮れてたら…… なんと、隣の席に座ってたおばちゃんが「食べとく間、抱っこしときましょか?」って声をかけてくれました😭!神! 隣の席は、8ヶ月の女の子とそのお母さん、おばあちゃんの3人組で来てはって。娘ちゃんとお母さんがおむつ替えに行ってる間、1人で待ってたおばあちゃん(50代前半くらい?)が助け舟を出してくれた。 もう、ありがたくお言葉に甘えまくって千景を預け、ダッシュでサラダバーへ!そこから爆速で食べました。 さらに、娘ちゃんたちがおむつ替えから戻ってきた後、一緒に行ってた友達のりさこがしゅーたんを抱えながら必死に食べてるのを見て、なんとしゅーたんのことも預かってくれて😭 爆速で、しかも無言でランチを流し込む新米ママ2人(笑)。 大阪のおばちゃんのあったかさに触れて、ほんまに感謝感謝やった。ランチの味は正直ほとんど覚えてへんけど、人の優しさが身に染みる、あったかい思い出になったなぁ。 初めての梅田ランチ&ベビーカー電車。少しハードルは高かったけど、何事も挑戦やね!疲れたけど楽しかった! ちなみに、帰り際にもう1回授乳してすぐコニーに入れたから、帰りのベビーカーはただの荷物カート状態に(笑)。もちろん電車の中ではちゃんと畳んだよ✌️ そういえば、行きの電車で席を譲ろうとしてくれた背の高い外国人の観光客らしきおじさま、そしてエレベーターを先に譲ってくれたスーツケースを抱えるパパさんも、ほんまにありがとうございました✨
りょうや エチオピアでの生活とカメラ事情についてですが、なかなか一筋縄ではいきません。 道端でお昼寝中の犬たち。いやあ、可愛らしいものです。都市部でありながらどこか荒廃した空気があり、スナップの被写体としては本当に味がある風景ばかりで、写真好きとしてはたまらない環境なのですが…。 実は我々にはちょっとしたトラウマがあります(苦笑) いざカメラを構えて犬を撮ろうものなら、どこからともなく「俺の犬だ」と主張する浮浪者が現れて小銭をせびられます(もちろん絶対に野良犬です)。 大通りに出れば、外国人相手に権力アピールをしたい警察官に理不尽に撮影を止められる始末。 妻のまこに至っては、道端で見知らぬおばさんに追いかけられた事もありますからね。本当に油断なりません。 そんなわけで、こだわりの画角や構図なんて気にする余裕は全くありません。 いつも逃げ腰でシャッターを切る、通りすがりの「流し撮り」ばかりになってしまうんですよね。 せっかくのカメラも泣いていますが、このブレ具合や焦りもまた、エチオピアのリアルな思い出というところでしょうか。
2026 年 6 月
まこ 【産後の視力回復】ICL手術レポ👁️✨〜手術室がまさかの居酒屋だった件〜 ついにICL手術を受けてきました! 合計3時間強で「見えない世界」から卒業😭✨ でも、感動以上にツッコミどころが多すぎたので時系列でレポします👇 ⏰ 13:10 病院到着 予約の20分前に到着。まずは気球を見る定番の視力検査&目の大きさの測定からスタート🎈 ⏰ 13:30 準備開始 笑気麻酔?と痛み止めを飲み、瞳孔を開く目薬など3種類を2回点眼💧 その後、手術着に着替えて待機室へ。メガネを外した状態に。 産後で3時間以上寝られていないせいか、はたまた薬のせいか……ここでまさかの爆睡😴目薬で何度か起こされた記憶がうっすらある程度(笑) ⏰ ??:?? いざ手術室へ(ここからが本番) 事前の注意喚起はあったものの、想像を超えていた手術室。 入室した瞬間…… 👨⚕️「あらいまこさーーん!!!!入室ーーー!!!!!よろしくお願いしまーーす!!!」 🧑⚕️「おねがいしまーーーす!!!!」 いや、居酒屋のノリ!?とめちゃくちゃ体育会系な空間にびっくり。 顔面消毒→目開き布→まぶた固定器具→麻酔(ちょっと痛い)とテンポよく進行。 術中は「眩しい光を見続ける」というミッションがあるものの、極限の眠気に勝てず気づけば白目に(笑)。 「光みえるかなー?ちゃんと見てね!?」と5、6回注意される始末🙏 ⏰ 片目完了 10分ほどで片目が終わると、助手看護師さんが「おかげさまで良好です!!!」と響き渡る声でご報告。本当に体育会系😂 ⏰ 両目完了 無事終了した瞬間「お写真いただきまーーす!!!3、2、1、ぽーーーーーーず!!!!」と写真撮影📸(3枚も)。 ここでハッと気づく。「あ、お兄さんの顔が見える!!」 さっきまでメガネなしじゃ歩けなかったのに、もう別世界。 ⏰ 16:00 術後休憩 目をつむって待機&点眼薬の説明を受ける(フワフワしててあまり頭に入らず)。 あれ?もう16時?2時間もここにいた?(途中絶対寝てたな……) ⏰ 16:30 帰宅 最後に医師の診察を受けて終了! 帰りの道はまだぼやけているものの、確実に「見える」!!!! 大げさではなく、世界が変わりました🌎✨ 産後で寝不足のママさん、術中の寝落ち(白目)にはご注意を!笑
りょうや 初めての父の日 初めての父の日だった。 画面越しに届いたのは、1枚の色紙に8枚の切り抜き写真と、色違いの左右の小さな足形。そこには「Happy Father's Day」と文字が添えられていた。まだまだ小さくて、だけどまたいつの間にか少し大きくなってしまった、千景の足。 文字通り初めて迎える「父の日」だ。 これまでの人生、この日は完全に無関係なものだった。父親がいない環境で育った僕にとって、気にとめる必要すらない、ただの1日。極端に言えば、6月21日が父の日であるということすら、これまでの僕は知らずに生きてきた。 0歳1ヶ月の千景が作ってくれた(もちろん、実際にはICLの手術日でもあるマコが裏で準備してくれたのだろう)それは、言ってしまえばただの紙と、ただの写真だ。 それなのに、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。なんとなく、自分の中に「父親」としての自覚が、これまでになく強く根を張ったような気がする。 冗談混じりで「はぁ、アフリカの僻地で家族のために、単身で出稼ぎに来て父親は何て、、、」とか話していた。 これまでは、家族なんて関係なく、ただ自分の好きな場所を選び、自分のために自由にやってきた仕事だった。だけどその色紙を見た瞬間、改めて意味が変わったように感じる。僕の仕事が、足跡は、これから「家族のため」という理由に収束していくのだと、そんな予感がした。 映画やドラマのなかで、男たちが決り文句のように口にする「家族のために」という言葉。なんとなくだけど現実味がなく、どこか薄っぺらい、ありがちなフィクションの台詞として聞き流していたことに気づいた けれど今、その言葉はもう、どこかの誰かのありふれたストーリーではなく、荒井遼也の、血の通った人生になった。
りょうや エチオピアの思い出といえばカフェ 土日のルーティンとして、街のカフェに足を運ぶようになった。そのきっかけは、紛れもなくマコと出会ってからだ。 思えば、これまで数多くのカフェを一緒に開拓してきた。現在でこそ行きつけは2、3軒に固定されてきたが、ここエチオピアでは選択肢に困ることはない。何しろ、100メートルも歩けば、右にも左にも一つか二つ以上のカフェが平然と看板を掲げている国なのだ。 そんな数ある店の中でも、『Nelliy’s Cafe』にはとりわけ印象深い思い出がある。 あれは平日の19時ごろだった。家での夕食を終えたあと、当時、妊娠中だったマコを連れて「気晴らしに一杯飲もう」と外に連れ出した時のことだ。 コーヒーに合わせて何か甘いものでもつまみたい。そう思い、ガラスケースの中のケーキを物色していた僕の目に、素朴なビスケットが留まった。 「これを貰おうか」と店員に頼む。すると、返ってきたのは耳を疑う言葉だった。 「2kgからだ」 注文は2kgから。耳を疑った。コーヒーのお供に頼むビスケットの注文単位として、およそどこのカフェでも聞いたことがない数字だ。 とにかく意味が分からなかったが、引き下がるのも癪である。押し問答の末、しょうがなくオーダーした。 出てきたのは、案の定、途方に暮れるほどの山。 味はまずまずで、心地の悪い甘味と小麦粉の味に水分を奪われる。 結局、2枚食べたところで限界を迎えた。ならばと期待したケーキの味もまた、一言で言えば微妙。散々だった。異国での洗礼に苦笑いするしかなく、帰り道、口直しのために別のカフェへ立ち寄り、もう一杯のコーヒーと別のケーキを胃袋に流し込む始末だった。 さらに言えば、この店の珈琲の概念も少しおかしい。 「アメリカーノ」を頼んでいるのだ。本来なら、エスプレッソを水で薄めて飲みやすくしたものであるはずだ。しかし、ここで出てくるアメリカーノは、まるでエスプレッソそのもののような暴力的な強さを持っている。 だが、そんな一見すると理不尽極まりないこの店にも、他店では絶対に替えのきかない逸品が存在する。 アボカドトーストだ。これだけは、他店の追随を一切許さない。 少し冷やされ、新鮮で瑞々しい口触りを残したアボカドの切り口。そこに、ピリッと辛みの効いたイタリアン風のソースが絡む。この濃厚で冷涼な具材が、よく焼き上げられたドライなトーストの食感と見事なコントラストを描き、口の中で完成するのだ。これがあるから、僕はこの店を嫌いになれない。 朝にしては大きすぎるBGMがガンガンと店内に響き渡っている。 今日もひとり、その騒音のなかで、相変わらず苦く強いアメリカーノに顔を顰(しか)めている。そして、胃袋が覚えているあの最高のアボカドトーストを、性懲りもなく口に運ぶのだ。
りょうや 変わり続ける街と、変わらない場所。――エチオピア、ただいま。 エチオピアに暮らしていると、数週間目を離しただけで街並みがガラリと変わることがある。 少し前にあったはずの景色が、あっさりと書き換えられてしまうのだ。 数階建てのビルがいつの間にか立ち上がっていたり、行きつけだった野菜屋さんが道路拡張のために取り壊されていたり。市場に行けば、ぶら下がっている牛肉の価格が前回の2倍になっていた、なんてこともここでは珍しくない。最初は驚いていたけれど、今では当たり前に受け入れている。 今回の休暇から戻ってきたときも、やっぱり街は動いていた。 自宅の周辺を歩くだけでも、かつてインド料理屋だった場所が新しいマッサージ屋に変わっている。この間までローカルなバラックが並んでいた場所には、すでに通信会社の立派な高層ビルがそびえ立っていた。 お気に入りのカフェ「モカピア」のドアを開けたときも、小さな変化に気づく。 以前は上品な二重構造のコーヒーグラスが使われていたのだけれど、今回はまた違った方向性でおしゃれな、カッティングの入ったガラスに変わっていた。 ここは、マコと一緒に見つけて開拓した、お互いにとって思い入れのある大切な場所だ。 グラスのデザインは変わっても、迎えてくれる店員さんはあの時のままだった。 それだけではない。コーヒーの美味しさも、贅沢なボリュームも、心地よいサービスも、何ひとつ変わっていなかった。 もちろん、外に出れば相変わらず一筋縄ではいかない現実が待っている。 裏道を歩けば相変わらず「China!! China!! Money!!」とアジア人蔑視の声が飛んでくるし、排気ガスと砂埃のせいで、乾燥した喉がひりつく不快感も当時のままだ。 それでも、すべてが目まぐるしく変わり、少しの理不尽さが残るこの街だからこそ、ドアを一枚隔てた先にある「変わらない場所」の存在が、じんわりと身体に染みる。 またここに戻ってこれたな、と思わせてくれる場所が、今日も変わらず迎えてくれた。
まこ6/12 のこと てるちゃんから出産祝いをもらった我が家の、噛み合わない会話。 てるちゃんのお祝い金をもちながら、夫が「キリスト教のタラントの話」を教えてくれた。「才能をどれだけ持ってるかじゃなく、どう成長させるか」という良い話。 私:「なるほど、お金を眠らせずに投資に回そうって話ね!」 夫:「いや、富める人の大金より、持たざる人が搾り出した1円に価値があるって話」 ……いや、それ絶対にタラントの話ちゃうよな?笑 夫の謎に「イスラム教は投資禁止だから」と応戦。いやいやそもそも最初の話。笑 最終的に「これで高橋家のために豆買ってきます」と夫が言うもんだから、「いらないよ、てるちゃんのお金だから!」とツッコんで終了。 投資、キリスト教、イスラム教、そして着地点は「豆」。てるちゃん、お祝いありがとう。 ある大富豪の主人が、外国へ旅に出ることになりました。主人は3人の僕(しもべ)を呼び、自分の財産をそれぞれの「能力に応じて」預けました。 Aさん:5タラント Bさん:2タラント Cさん:1タラント 主人が旅立った後、3人はそれぞれ次のように行動しました。 AさんとBさん:すぐにそのお金を使って商売を始め、それぞれ倍の額(さらに5タラント、2タラント)に増やしました。 Cさん:失敗して主人に怒られるのを恐れ、もらった1タラントを地面に穴を掘って隠しておきました。 長いこと経ってから、主人が帰ってきて清算を始めました。 倍に増やしたAさんとBさんを、主人はこう言って大絶賛しました。 「良い忠実な僕よ、よくやった。お前はわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」 しかし、1タラントをそのまま返したCさんはこう言い訳をしました。 「ご主人様、あなたは厳しい人だと知っていたので、怖くて地面に隠していました。ほら、あなたのお金です」 これを聞いた主人は激怒します。 「悪い怠惰な僕だ! 私が厳しいと知っていたなら、なぜ銀行に預けて利息をつけなかったのか!」 主人はCさんから1タラントを取り上げ、10タラント持つようになったAさんに与え、Cさんを「役立たずの僕」として外の暗闇に追い出してしまいました。 ストーリーだけを読むと、「Cさんだけ少額しか引換券をもらえず、しかも失敗を恐れて守りに徹しただけなのに、ちょっと主人が厳しすぎない?」と感じるかもしれません。 しかし、当時の通貨単位である「1タラント(タラントン)」の価値を知ると、見方が大きく変わります。 当時の一日分の労働賃金 = 1デナリ 1タラント = 6,000デナリ(つまり、労働者の約20年分の給料) 現代の年収を仮に400万〜500万円とすると、1タラントは「約8,000万〜1億円」に相当する凄まじい大金です。 つまり、Cさんは「1億円もの大金を信頼して託されていた」にもかかわらず、何のリスクも負わず、何の努力もせずに放置したことになります。 キリスト教において、この主人を「神(またはキリスト)」、僕たちを「人間」、タラントを「神から与えられた人生、命、能力、機会」として解釈します。ここから、以下のような教訓が語られます。 神様は人間にそれぞれ異なる「タラント」を与えています。それは絵の才能、人を励ます力、実務能力、あるいは「時間」や「環境」かもしれません。 大切なのは、「人と比べて多いか少ないか」ではなく、「自分に与えられたものをどう活かすか」です。5タラント増やした人も、2タラント増やした人も、主人は全く同じ言葉で最大級の褒め言葉を贈っています。 Cさんの失敗は、お金を減らしたことではなく、「恐れ」にとらわれて行動しなかったことです。キリスト教では、神から受け取った恵みを自分の殻の中に閉じ込め、他者や社会のために使わない姿勢(=怠惰)を強く戒めています。「失敗を恐れて何もしない人生」への警告です。 話の最後に「持っている人は与えられて豊かになり、持たない人は持っているものまで取り上げられる」という一見シビアな言葉があります。 これは、「与えられた能力や愛を周囲のために使えば使うほど、その人の人生や心はさらに豊かになり、逆に出し惜しみして閉じこもる人は、元々あった素晴らしい可能性さえ失ってしまう」という、人間の成長や幸福の本質を突いた法則を表しています。 この「タラントのたとえ」があるからこそ、ヨーロッパ圏では「才能」のことを神からの贈り物(ギフト)として「talent」と呼ぶようになり、それが巡り巡って日本の「タレント(芸能人)」という言葉にまで繋がっているのは、とても面白い歴史の繋がりですね。
まこ6/11 のこと 備忘録:ベッドの向き変えるまこ6/11 のこと りょやもちたんにマッサージしてもろて足らくちんなった!
2026 年 5 月
りょうや写真 浣腸後、満足スヤスヤボーイまこ5/26 のこと写真 生後2週間🥺🥺最近はうんこきばりがひどいのと、授乳クッションに挟まれる技を見出した
















































